2012年5月5日土曜日

東日本大震災を経た『富士覚醒(昼は雲の柱)』

石黒 耀 作『富士覚醒』を読みました。
2006年11月に刊行された『昼は雲の柱』を改題して文庫化したもので、東日本大震災を経て、加筆修正が行われています。石黒氏は「著者あとがき」で、東北地方・太平洋沖地震は少なくとも一部の自然科学者の間では想定内であり、福島第一原発事故は素人にも想定できるレベルの原発事故だと言及されています。自然災害を人災とせず、被害を最小限に食い止めるにはどうすべきかというシミュレーション小説としても本書は書かれているのです。

一方、登場人物もなかなか魅力的です。真面目で優しい大学教授(例えるなら、出来杉君?!)とその一人娘、がさつだけど一本気な地元実業家(例えるなら、ジャイアン?!)とその一人息子を中心にストーリーは進みます。子供達は同じ高校に入学したばかりで、ほのかな恋愛感情が芽生えてすったもんだするところなぞ「ラノベかよ!」とツッコミたくなりますが、殺伐としがちなクライシスパニックものと一線を画しているのは、登場人物の背景と感情が丁寧に描かれているところでしょう。


南洋系火山神と大陸系火山神

富士山噴火をメインとしたクライシスものではありますが、神話や古代史の謎解きが同時進行するため、歴史好きな方にもオススメしたいです。最後には謎が一つの解へと導かれるのが痛快でもあります(と言っても、あくまで物語上ですが。また、さらなる秘密は続編へと引き継がれます)。逆に、物語の前半部はこのような話が延々と続くので冗長になり、興味のない人にはやや退屈かもしれません。

中でも興味深かったのは、古代神話に出てくる火山神についての説ですね。
火山神はその成り立ちと歴史から、南洋系火山神と大陸系火山神に分類できるというのです。

●南洋系火山神

「山体=御神体」で出歩いたりせず、麓の民を育む。

●大陸系火山神(北方系火山神)

擬人化されており、自由に移動して人と語り合ったり、民族を率いたりできる。
作中では、以下のような神と山が挙げられてます。

  • ギリシャ神話や北欧神話の主要神:ギリシャや北欧の山々
  • ユダヤ教・イスラム教・キリスト教のヤハウェ(エル・シャダイ):神の山ホレブ(アララト山)
  • コノハナサクヤヒメ(鎮火神):富士山(新富士)
  • ニニギノミコト:阿蘇山、高千穂山峡

アララト山と言えば、2010年に「ノアの方舟」が発見されており、年代測定によって今から4800年前のものであると証明されています。これが本物のノアの方舟かどうかはともかく、山岳信仰の表れであるということは言えるのではないでしょうか。

AFP BBNews 2010/04/29
「ノアの方舟」確率99.9%で発見と探検チーム、トルコ・アララト山頂


人々の生活の場であった火山

では何故、火山が神とあがめられたのでしょうか。その答もこの小説にありました。
火山学者である山野承一郎教授は、高校生の富成亮輔に次のように語ります。

風化した火山灰はミネラルに富み、豊かな植生を育てる。山体は乾期も絶えることのない清冽な水を生む。

なんと、富士山の湧水量は1日500万トンで黒四ダムの30倍、しかも生命維持に必要な微量元素を含み、水道水のようにトリハロメタンやアルミが検出されることもないのです。

山野教授は続けます。

水、食料、火、石器の原料といった人類の原始生活に必要な全ての物を供給してくれていた。原始人類はそのことを身体で理解していたので、噴火災害に遭っても、じきに火山の麓に戻ってきた。そして、火山に感謝し、畏れを抱き、神格を与えた。これが火山神だ。

これは、海の神にも言えることではないでしょうか。海は豊かな恵みを与えてくれるけれども、ときに高波や津波が町や村を襲うこともあります。東日本大震災で被災された漁師の方達が、津波で船が流されても、原発の影響で海産物の売れ行きが落ちても、また同じ海で暮らしを立てていきたいと願うことからも分かるような気がします。

どのように自然とつき合っていけばいいのか、そのヒントを見つけることができるかもしれません。

●神の山の例

  • バリ島のキンタマーニ
  • アフリカのオルドイニョ・レンガイ
  • ジャワのメラピ山
  • 朝鮮の白頭山
  • ハワイのキラウェア
  • 北海道のカムイ・ヌプリ
  • 長野の皆神山
  • 鳥取の大神山(大山)
  • 箱根の神山
  • 富士山

防災のキホンとは

この話には御用学者や金権政治家、利権を貪る業者が出てきますが、大災害発生の裏で巧妙に画策する様子を見るにつけ、東日本大震災でも原発事故も絡んで同じようなことが行われていたのではないかと不信感がつのります。いえ、まだ継続中と言った方がいいかも。人々の安全や生活よりも己の欲望や利益を優先するような輩によって。

「住民の不安を無用に煽るな」という一部の防災関係者や行政サイドに対し、山野教授は「事実は事実。すべての危険を予測できるほど、我々は地球の仕組みを理解していない」「無用に安全を強調するのは、最悪のケースを考えろという防災の基本に反する」という信念に従って行動します。

実はこの本、静岡大学防災総合センター教授の小山真人氏の推薦を受けています。是非、巻末にある小山教授の解説までくまなく目を通してください。教授は解説の最後をこう締めくくっておられます。

しかし、そのような想定外の大規模災害が現実となっても、火山学者、行政担当者、ジャーナリスト、市民の理想的な協力関係によって犠牲を最小限に抑えられる可能性が、本書の中で示されている。このような理想と現実世界の間の隔たりはまだまだ大きいが、本書に描かれた防災対応は、富士山の火山防災に携わる専門家にとって希望の灯であり、また今後目指すべき目標でもあるのだ。

本書の後半部ではいよいよ富士山の噴火が始まります。科学的な理論と検証を元にした壮大ながらも緻密な構成と展開は、さすがは石黒耀氏。読んだときの楽しさを奪ってしまうことになりかねないので、詳しい噴火の様子はここには書きません。是非、皆さん自身で確かめてください。

二部作の予定ですが、物語としては一応完結しています。
二人の恋の行方、富士噴火後の再建など、気になることがたくさんあって、次回作が待ち遠しいです。


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