2007年5月6日日曜日

『BABEL』

ed35cd4b.jpg5月4日に『BABEL』を観てきました(例によって、娘と息子は『クレヨンしんちゃん 歌うケツだけ爆弾!』観てました)。
ユーザーレビューサイトを読んでみると分かりますが、評価がはっきり二分しています。かたや「最高傑作」「素晴らしい!」「泣けた」、かたや「最低/最悪」「駄作」「何も伝わらない」等..

映画やドラマなんてものは、それぞれの感覚で捉えればよいもの。その人にとって何かしらの意味がある映画ならそれでよし、何も得るところがなかったら、あるいは、気分が悪くなったりしたら、その映画は自分向きではないということです。

でも、まずは観てみないと。そうもいかないなら、いろんな方のレビューを読むのも良い手かもしれません(ネタばれ注意ですが)。


私の感想を一言で表すと「心に響く映画」かな。

モロッコでの事件を発端に、アメリカ、メキシコ、日本で起こるさまざまな出来事。それぞれの物語はつながってはいますが、人間の心の葛藤と孤独はおのおの独立しています。特に、日本でのストーリーはつけたしの感じがするかもしれません。でも、それはそれでいいと思うのです。


大人たちは、おろかな過ちを犯します。天まで築こうとした「バベルの塔」が神の怒りにふれたように..「罰」が下されるのです。その過酷な運命を乗り越えたとき、微かですが、光が射してきます。

それは、国や人種を超えた人類共通の感情、「絶望」であり「希望」です。


「我々バベルの末裔は、永遠にわかり合うことはできないのか」というキャッチフレーズもそうですが、予告編にしても、うまくこの作品をいい表しているとは言えません。まるで、人種や国家や宗教だけが人類を分け隔てているかのような誤解を与えます。そんな狭い視野でこの映画を観るから、日本の物語が浮いているように見えてしまうのです。


そうではなくて、もっと根源的な人間の内面にある境界、他人と自分を分かつものこそ、この作品のテーマなのです。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督は、次のように語っています。


境界を形成するものは、言語、文化、人種、宗教ではなく、私たちの中にある


あえて、直接関係がないような日本の聾唖の少女の孤独を描くことで、そのメッセージを我々に伝えようとしている気がしてなりません。


いつもアクションやホラー、SF系ばかり観ている私ですが、このようなヒューマンドラマを劇場で観ることができて、本当に幸運だったと思います。バックに流れる静かな音楽と共に、いつまでも余韻が残る映画です



2 件のコメント:

  1. バベル見たいんですけど、あのチラツキ騒ぎがあったので、DVD出たら明るい部屋で見ようかなと思ってます。
    (その昔の某ポ○モンのように・・・)

    菊池凛子は、やっぱりいい演技してましたか?

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  2. そんなに長い時間じゃないけど、赤い光が点滅するシーンがありました。
    (ディスコみたいな店内で..)
    私はそーいう刺激に強いみたいなので、しっかり見てました。
    弱いかもと思う人は、視線をずらした方がよさそう。
    明るい部屋でなら、おそらく問題ないです。

    ええ、菊池凛子は、熱演してましたよ。
    「そこまでするか」と突っ込みたくなったり、「やだ、気持ち悪い」と思う人もいるでしょうが、私的には「あり」ですね。
    これが彼女の心の孤独や痛みなんだと感じることができました。

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